トラック輸送と量子コンピュータの関係とは?

今後10年以内に、フォールトトレラント設計(*1)の量子コンピュータが利用可能になると予想されています。フォールトトレラント設計のコンピュータは、古典コンピュータでは解決できなかった問題を解決するインパクトを持つと期待されています。

しかし、そのようなフォールトトレラント設計のデバイスが利用可能になったからといって、すぐに役立つとは限りません。企業が量子コンピュータを導入すれば、あるいは、クラウドホスティングの量子サービスにアクセスさえすれば、すぐに利益を得ることができる... そんな簡単なことではないのです。

その理由を、本記事では、 Andretti Autosportとのパートナーシップの中枢である、トラックベースの新しいRace Analytics Command Center、通称「R.A.C.C」にちなんで、量子コンピュータの普及をトラック輸送の歴史に例えてご説明します。

Zapata Race Analytics Command Center (以下 R.A.C.C.) は、ZapataとAndrettiのエンジニアが並行して作業するモバイルエンジニアリング環境で、Orquestraを利用した高速分析を行い、NTT INDYCAR SERIESのイベントでリアルタイムにパフォーマンスを向上させることを目的としています。

そもそも、トラック輸送は量子コンピューティングとは無関係に思えるかもしれません。しかし実は、サプライチェーンの最適化は、量子コンピューティングのも期待されているユースケースの1つなのです。

実際、2022年1月に発表した“First Annual Report on Enterprise Quantum Computing Adoption”によると、運輸業界の回答者の63%が量子コンピューティング導入の初期段階にあり、この割合は他のどの業界よりも抜きん出て高いことが分かっています。そして、多くの点で初期のトラックの歴史は、量子コンピューティングのアーリーアダプターたちの経験と類似しているのです。その理由を、トラック輸送の黎明期の様子を例に挙げてご説明します。

トラック輸送の黎明期と量子コンピューティング

1896年、ドイツの発明家であるゴットリープ・ダイムラーは、世界初のトラックを発明しました。そのトラックは、馬の代わりに2気筒エンジンを搭載した馬車のようなものでした。しかし、当時の運送会社にとって、この原始的なモーター付きトラックは、馬車をはるかに超える利点を持ったものでした。

まず、ガソリンは干し草や麦よりも安く手に入る上に、エンジンの馬力も上がるためより速く移動でき、さらに、より重い荷物も積むことができます。また、荷主が都市部に集中するターミナルに依存する必要がなくなり、より柔軟なルートでの運用が可能になりました。

しかし、誕生から最初の10年もの間、トラックは技術的な新規性や輸送手段としての実用性よりも、「広告的な魅力」で評価されていたのです。そして、同じことが量子コンピュータにも同じようなものです。

つまり、量子コンピュータは、様々な場面でその優位性を発揮することが期待されていながら、今日の企業は、量子を活用した概念実証(*2)を行なっていることや、名目上、量子の技術に対して企業が投資していることを「PR戦術」として宣伝しているに止まり、実際のビジネス上での優位性はまだ得られていないのです。

トラックは自ら運転できない 

1899年には、Daimler Manufacturing CompanyやWinton Motor Carriage Companyといった企業からトラックが発売されていました。しかし、この時代にトラックを所有するには、トラックのメンテナンスや操作に関する専門的な知識が必要であり、そういった専門性を持つ人は非常に少なかったのです。これは、まさしく現状の量子を取り巻く環境と同じです。

つまり、今後は量子コンピュータのソフトウェアを購入するにしても、高度な専門知識を持った人材の獲得が同時に必要です。より具体的に言えば、ソフトウェアのメンテナンス、性能の監視、データや実験記録の管理、量子ドリフト拡散モデルの追跡、必要に応じた調整などができる人材が必要なのです。

しかし残念ながら、量子力学の科学者やエンジニアの数が圧倒的に少ないのが現状です。私たちが調査した69%の企業のうち、量子導入への道を歩み始めた企業の51%は、すでに組織内に量子チームを結成しています。「量子至上主義」の時代になるまで量子コンピュータの知見を持つスタッフを雇うのを待っていたら、優秀な人材はとっくにいなくなってしまっているでしょう。

また、外部のコンサルタントとの関係性も育んでおきたいところです。私たちが行った調査では、96%のエグゼクティブが、「外部からの支援なしには量子コンピューティングの導入を成功させることはできない」と回答しています。外部のコンサルタントによって、ユースケースの特定、障害の予測、量子コンピューティングを効果的に活用するために必要なソフトウェアインフラの構築の支援を得られるため、これらを内製化するための時間とエネルギーの節約が期待できます。

道路がなければ、トラックは走らない 

ドライバーはともかく、初期のトラック普及の最大の障壁となったのは、道路とガソリンスタンドがないことでした。トラックを購入することはできたとしても、それを役立てるためには、道路やガソリンといったインフラが不可欠です。

量子に例えるなら、量子コンピュータを導入したり、量子ソフトウェアや量子アプリケーションを実行したりすることは可能でも、そのデバイスを既存のツールと統合するソフトウェアの基盤が整っていなければ、実用的なアドバンテージは得られないということです。

つまり、量子コンピュータのハードウェアとソフトウェアのコンポーネントは、HPCクラスタ、ETLプロセス、データベース、S3バケット、セキュリティポリシーなどといった企業のITスタック(*3)と統合する必要があり、これは非常に重要なことです。というのも、最先端の量子アルゴリズムであっても、断片的なワークフローによって速度が低下するようではタスクの高速化は望めないからです。

このため、Zapataが提供するOrquestra®のような統合プラットフォームの存在が重要視されています。このプラットフォームは、量子古典のハイブリッドなワークフローの実行に伴う複雑な作業を抽象化し、自動化、そしてコンテナ化されたタスクへと変換することができます。

また、統一された量子対応ワークフローを持つことで、ユーザーは幅広いコンピューティングオプションのベンチマーク、最適化、実行を行うことができます(参考記事)。量子コンピュータは、新たなコンピューティング技術のカテゴリーの1つに過ぎず、そのカテゴリーには、他に超伝導、イオントラップ型、フォトニック、量子アニーリングデバイスなど、複数の異なるタイプのコンピュータが存在します。

これらのコンピュータはそれぞれ、ある特定の課題を解決するための旗振り役となる可能性があり、柔軟なワークフロー・プラットフォームによって、ユーザーは毎回タスクを最初からやり直すことなく、様々なオプションを検討することができます。

しかし、量子対応ワークフローにおける最も重要なポイントは、将来的な量子ハードウェアや量子ソフトウェアの進化に対応できることです。量子アプリケーションの開発に高額な投資をしておきながら、新たなデバイスやソフトウェアの登場によって、せっかくの開発したものが新たなデバイスに対応できないという理由で台無しになるようなことは絶対に避けたいものです。

フォールトトレラント設計の量子デバイスの登場はおそらくまだ先の話ですが、企業は、価値の高い課題を量子的に解決可能な数学に変換し、量子対応のワークフローを事前に構築しておくことで、将来的な変化に備えることができます。そして、実際にフォールトトレラント設計のデバイスが登場した暁には、ワークフローはそのままに、バックエンドでデバイスを交換することで対応できるでしょう。 

私たちの向かう先とは?

1912年には、フィラデルフィアのチャールズ・W・ヤング社の5人のクルーが、アメリカ初のトラック輸送での大陸横断を成功させました。道路もガソリンスタンドも、さらには休憩所もほとんどない中、91日間でサンフランシスコに到着したのです。その後も道路が整備され、ガソリンスタンドが普及するにつれ、トラック輸送は急速に発展しました。アメリカ大陸横断成功から6年後には、道路を100万台のトラックが走るまでになりました。

そして現在では、トラックの設計と州間高速道路のインフラ整備の進歩により、当時と同じ距離をわずか48時間以内で走破できるようになりました。

IBMが「Quantum Decade」(企業が量子コンピューティングのビジネス価値を認識し始める時代)と名づけた今、量子もトラックと同様の成長を遂げようとしています。量子超越実験の初期段階は、まさにヤング社の5人が経験した91日間の旅のようなものです。まだ現実的ではなくとも、その期待に胸がふくらむようなマイルストーンなのです。量子技術の並進により、トラック輸送の歴史に匹敵する、あるいはそれ以上の進歩が実現する日が来るでしょう。

来たるその日までに企業が備えておくべきは、トラックの普及における高速道路やガソリンスタンドのような、量子の可能性を最大限に引き出すワークフローやインフラソフトウェアを構築することなのです。

企業の量子対応をご支援するOrquestraによる量子標準ワークフロー構築に関して、詳細はこちらよりご覧ください。

*1:フォールトトレラントとは、機器やシステムなどが持つ性質の一つで、構成要素の一部が故障、停止などしても予備の系統に切り替えるなどして機能を保ち、稼動を続行できること。

*2:概念実証とは、新しい概念や理論、原理、アイディアの実証を目的とした、試作開発の前段階における検証やデモンストレーションを指します。

*3:コンピュータにおける基本的なデータ構造の1つ。 最後に入れたデータが最初に取り出される(最初に入れたデータが最後に取り出される)ようなデータ構造。

ZAPATA AUTHOR

Timothy Hirzel

Chief Orquestra Evangelist

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ZAPATA AUTHOR

Robert Kerstens

Content Strategist

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